大辻雄介のWikiや経歴!出身大学や家族は?教育改革に注目!

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中学高校の時はノートでパラパラ漫画を作ることに命をかけてました。

レトロな外套に身を包んだこちらの男性は、日本の教育を離島から変えるという何ともスケールの大きな夢を胸に奮闘している大辻先生です!

10月8日のクロスロードに出演する大辻雄介先生。

慶應義塾大学を卒業したエリートながら、中高生の時にはノートに絵をかくことに夢中になっていたという意外な素顔を持つ大辻先生とは、どんな人物なのでしょう?

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大辻雄介のwiki風プロフィール

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名前:大辻 雄介(おおつじ ゆうすけ)

生年月日:1974年10月1日(42歳)

出身地:兵庫県

血液型:О型

学歴:慶應義塾大学

職業:隠岐國学習センター副長

趣味:葉巻/ドライブ/熱帯魚飼育/美術館/博物館/筋トレ/水泳

煙管とハンチング帽といういでたちはシャーロックホームズを意識しているのでしょうか??

大辻雄介さんは探偵……ではなく、塾講師です。

大辻さんは島根半島の北に位置する西ノ島と松島に挟まれた小島、海士町(あまちょう)にある隠岐國学習センターで副長を務めています。

イマイチその場所がピンとこなかったので、地図を見てみました。

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フラグの立っている部分です。

これまたずいぶんと本州から離れた離島ですね!

それもそのはず、大辻先生が取り組んでいるのは、離島や過疎地で競争相手のいない生徒たちにも、最新の教育を受けてもらうための新しい教育のカタチ作りなのです!

ちょっと形は違いますが、アメリカではセレブの子供が自宅に先生を呼んで自宅学習し、学校には通わないというスタイルも認められていますよね。

例えば、今離婚問題で話題沸騰中のアンジェリーナジョリーの子供たちも自宅学習していることで有名です。

この学習方法、筆者も期待しています。

過疎地の子どもたちにとってもいいことづくめかもしれませんが、過密地の子どもたちの中で学校に行きたくないと言い出す子どもたちもいますから、そんな子たちにも役立つような気がします。

無理して集団生活に詰め込んで精神を病んでしまうより、ずっといいと思います。

スタディサプリというインターネットを使ったサテライト授業でも活躍している大辻先生。

どんな経歴をたどって島根の海士町にたどり着いたのでしょう?

経歴は?

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大辻先生はお茶目な性格のようですね。

慶応大学を卒業して、教室内を生徒でいっぱいにするほどの売れっ子塾講師となった大辻先生ですが、実は子供の頃は勉強が大嫌いだったそうです。

授業中には絵を描いてばかりいて、将来は芸大を目指そうと思っていたそうです。

しかし、父をはじめとした家族の反対を受けて神戸大学の受験を決意したという大辻先生。

残念ながら現役合格はできず、浪人しながら予備校に通い、次の受験でも神戸大学は残念ながら合格できませんでした。

でも、滑り止めで受けた慶応大学に合格した大辻先生。地頭がよかったんでしょうね!

慶応大学入学後に始めた塾講師のアルバイトは、学校よりも楽しいと思うほどハマったそうです!

大学卒業後は、株式会社アップという関西を拠点にしている学習塾に就職し、3年後には東京の栄光ゼミナールに転職。

そこで仕事をするなかで、インターネットを使ったサテライト授業をしたいという思いが強まったそうです。

そして、仕事関係で紹介されたベネッセに転職し、サテライト授業の新規事業立ち上げに携わることになり、現在に至るそうです。

嫁や子供は?

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こちらは大辻先生の奥さんです!

和服が似合うべっぴんさんですね~♪

大辻先生は2010年の7月7日に奥さんのかおりさんと結婚し、二人で海士町に移住しています!

SNSを拝見したところ、二人に子どもはいないようです。

奥さんも以前ベネッセで働いていたようなので、二人は職場恋愛だったのかもしれませんね!

大辻先生の教育改革とは?

離島や地方から、日本の教育を変えていく。

そんな思いを胸に大辻先生が取り組んでいるのは、地域が抱える若者離れをはじめとしたあらゆる問題を、インターネットのサテライトや教育を通じて解決していくというもの。

若者が集まる離島と呼ばれる海士町で、地域創生リーダーなる若い人材を集めることなど、教育だけでなく、地域の活性化にも取り組んでいるようです!

本土からはフェリーで2時間半の場所にあり、観光に行くならまだしも、移住するには不便なのでは?と思ってしまう立地の海士町。

しかし、ここ十数年間で人口の20%が移住者という数字をたたき出した驚異の離島でもあるんです。

海士町は、「ないものはない」というスローガンのもと、地域創生に力を入れてきたのですが、その地域創生の三本の柱がこちらです。

・地域づくり事業

・メディア事業

・教育事業

この三本の柱のうち、将来を担う子供たちを育てるために一番重要な教育事業を成功させるため、大辻先生は日々奔走しているといいます。

いつの日か海士町は人口が増加しすぎて、第二の首都なんて呼ばれるようになるのでしょうか?

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