梅原真(デザイナー)のプロフィールや経歴!結婚や作品も!

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あなたは田舎派?都会派?

都会は流行の最先端が集中していて、若い人の欲求を満たすいろいろな魅力にあふれていますが、田舎はいいですよ~♪

ある程度年齢を重ねると、自宅周辺は空気のおいしい場所がいい、人間だれしもそんなことを思う瞬間があるのではないでしょうか?

今回は、田舎で埋もれていたものに価値を見出し、デザインしなおして商品化するという異色のデザイナー・梅原真さんを調べてみました!

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梅原真のプロフィール

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名前:梅原真(うめばらしん)
生年月日:1950年(64歳か65歳)
出身地:高知県高知市
職業:グラフィックデザイナー/武蔵野美術大学客員教授

現在は商品のブランディングやチラシのデザインなども手掛けている梅原さんですが、手掛ける商品のほぼすべてが地方の商品なのだそうです。

若いころ、高知放送プロダクションというテレビ番組やCMなどの制作をする会社で働いていた梅原さんは、1979年に同社を退職し、アメリカに留学ならぬ遊学します。

遊学って何しに行ったんでしょうね!?経営の勉強でもされたのでしょうか、1980年には日本に戻り、梅原デザイン事務所を設立します。

梅原さんが異色のデザイナーと呼ばれる理由は、そのデザインを、一次産業の再生のために使うというポリシーのためです。

一次産業というと、小学校の授業で習いましたね。

農業・林業・漁業・鉱業などなど、自然に直接働きかける事業です!

筆者もわかったような言い方をしましたが、wikiのウケウリです……ともあれ、一次産業の再生をデザインするとはどういうことなのでしょう?

具体的な作品としては、かつおの一本釣り漁師とともに開発した藁焼き・一本釣りたたきが有名です。

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漁師が釣って、漁師が焼いた。

ただそれだけのコピーなのに、絶対おいしいでしょ!と顧客に思わせるコピーライト。さすがの一言に尽きます。

魚の一番おいしい食べ方を知ってるのって、すし職人でもコックでもオカンでもなくて、きっと漁師さんですよね!

1986年に売り出されたこの商品は、8年で20億円を超える売上高を誇り、デザイナー・梅原の名前を日本中に広めた伝説の商品でもあります。

経歴は?

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藁焼きのたたきを大繁盛させた梅原さんですが、1989年には、ただの砂浜を美術館に見立て、何もなかった場所に多くの商品価値を与えた「大方町・砂浜美術館」をプロデュースします。

ズラリと並んだTシャツは美術館の作品そのもの。

美術展は室内でするという常識を覆し、青空とコラボしたこのアートは、海と青空が美しいこの砂浜だからできることでしょう!

砂浜美術館では、結婚式を挙げるカップルもいるそうで、漂流物をアートに見立てた漂流物展なども季節によって行われています。

公式サイトはこちらです⇓

「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。」をコンセプトに、毎年Tシャツアート展や潮風のキルト展などのイベントを開催しています。

2005年には古新聞で作られたしまんと新聞バッグをプロデュースし、環境やエコ活動にも取り組んでいます。

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結婚は?

‘ ぼくは1日3回、家でごはんを食べる。
川沿いの、景色がいい場所に住んでいて、自分の畑で野菜を育てている。
こういう自分の環境と普段の生活が、マーケットの素。
体内マーケティングと呼んでいます‘

コロカルマガジンハウス(webマガジン)の取材に対してそう答えている梅原さん。

1日3回家でご飯を食べているならば作ってくれる奥様がいるのだろうと予想できますが、ご結婚されているかどうかの正確な情報はつかめませんでした!

作品が気になる!

レビューはさんざんな言われようですが、島じゃ常識と言われると、ついついどんな味が気になっちゃいます!

献立に悩む奥様必見!おいしさはお墨付きの商品ですね!

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この商品は元はひのきの間伐材の板切れでした。そのままだと捨てられるだけの運命だったこの板切れが見事に商品価値のある品に変貌を遂げています。

10月29日のカンブリア宮殿では、その生きざまを見せてくれるという梅原さん。田舎に埋もれた宝にスポットライトを当てるその手腕を、余すところなく見せてほしいですね!

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